▼担当学生記者
石浦陽子(24歳:取材時)
▼取材日
2001/6/1(金)
▼取材時間
11:00~12:00
▼取材地
十念寺
▼取材の雰囲気
「心の満足」だよ。
担当学生記者:
石浦陽子(24歳:取材時)
何より驚いたのはお寺。隣にお寺が3件ほど並んでいるうちの1つでコンクリートのどこかの教会のようなモダンな外装にびっくり。(バスケットゴールも発見したぞ^ー^)中に入るとスクリーンが降りてきたり(仏さまを隠してホールに使用するため)「人天崖」と言われる住職さんの聖域であることを示すものが、
動いたり(ホールに使用できるようにするため)4隅が照明設備がついていたりと、まさに他目的ホールのよう。(結婚式も受け付け中だそう)
「じゅうたん」がひいてあって、説法はその場所に椅子があって椅子に座って聞くことができる。(足がしびれる人のため^ー^)お寺の上には「鳳凰」(にわとりみたいな置き物)が掲げられている。京都内では「鳳凰」がお寺に付いているのは、他に「金閣寺」と「銀閣寺」だけだそう。「その3つの鳳凰を結ぶと一直線になるんですよ。だからうちはプラチナにすればよかったですねっ。がっはっは」^ー^と大爆笑!!!
昔ながらつくりの木造のお座敷と改築したコンクリートの本堂が4畳くらいのお茶室でつながっている「和洋融合」したお寺。
住職さんは一言で言えば「市民的住職」というか「住職らしくない住職」という感じ。目線はいつも「平等=住職さんのモットー」「私もまだ悟ってなんかないしね。」「昔は青年実業家になっておっきなビルの最上階で座っていたいと 夢見てたけどね」なんて、ああ、住職さんもなんだかふつうの人と同じなんだなって思えた瞬間でした。
一番印象深かったのはやはり住職さんの最後のメッセージ。「世の中にはいろんな価値観があるよ。でも経済的な満足よりも心の満足を大事にして欲しい」まっさに!!これこれっ!!「きゃりなび」理念にぴったり!!うんっうんっって三人で大きくうなづいてました。
この時が一番うれしかったです。
住職というのは職業や仕事だと思っていない!
同行学生記者:
十亀貴行(20歳:取材時)
住職さんが言うには、生活するために住職をしているのではなく、お布施として、お金は後からついてくるものでした。
では感想ですが、今日はとてもすごいものを見ることができて、またよいお話も聞けました。天候もよく歩いてお寺について、本堂にまずびっくりしました。写真を見ればよくわかると思いますが、真っ赤ですね。日本の、京都のお寺という枠を超えているようなかなり洋風な感じなのです。僕は京都のお寺はほとんどまわったつもりでしたが、今回は度肝をぬかれたような感じでした。改築した当初は建築関係の雑誌に取り上げられたりもしたそうです。
そしてなによりも住職さんの人柄にとても惹かれました。本堂の中の椅子に座りながらの取材でしたが、僕らの質問に対して、はきはきとした話し方でいろんなお話をしてくださいました。説法とまでは行きませんが、お金がなくても生きていけるとか、良い悪い、価値があるないなど別にしてすべての人は平等などととても自分自身でも共感できる部分があって、僕は特に宗教はやっておりませんが、自分の中に仏教というものがはっきりとはしていないかもしれませんが、近いものは、あるのだなと実感することができました。
取材の後に別の部屋でお茶とコーヒーを頂いたのですが、気持ちいい風が入ってきてとても気持ちよかったです。お寺をでると、急に暑さを感じるようになりました。最近凶悪な事件がよく起こっていますが、住職さんもなんとかできないものかな~ともおっしゃっておられました。地域の組合やご自分で畑を耕したり、草むしりをやられたりと、お忙しいとは思いますし、まだ全然悟ってなどいないとおっしゃれてましたが、もっとたくさんの人が住職さんのお話を聞けるようになればと思いました。実際、僕は今日取材に行って、とても純粋な気持ちになれたと思うからです。
「世の中をよくするために、住職として何かやらなければと
思っている」「インドに行った時には、なんだか涙が出てきた」
同行学生記者:
渡辺夏海(22歳:取材時)
取材を振り返って心に残っている二つの言葉です。コンクリート打ちっぱなしのモダンな外観や光彩にこだわった創りのお寺に感動・感動の取材でした。個人的に、建築物が大好きな私ですが住職取材という枠を越えて、建築取材をしたいと思ってしまいました。その位、すごかったんです、、。写真を思わず10枚以上も撮ってしまいました。こうご期待!
日々、畑仕事や住職の仕事をしながら年中無休お勤めをなさっている住職さん。長期の旅行にもなかなか行けない中、約15年前にインドを旅したそうです。(留守中を他の住職さんにお願いして。)「インドはどうでしたか?」という質問にただ一言「なんだか涙が出てきた」。でも、この言葉には、仏教発祥の地である場所を訪れる事ができた感動が凝縮されていると思いました。その人にしか発せられない言葉の重みを感じたような気がします。
近頃続いている凶悪な事件に心を痛め宗教家として何かを手助けをしたいと思われているそうです。カウンセラーではないけど、何かできるんじゃないかな、と語っていた時の表情が印象的でした。