▼担当学生記者
菊池佐絵(19歳:取材時)
▼取材日
2004/5/14(金)
▼取材時間
10:00~12:00
▼取材地
長津田保育園
▼取材の雰囲気
長津田保育園の一室をお借りし、はつらつとした平井さんの素敵なお姿に引き込まれるように取材が始まりました。しかも、取材中に平井さんが発する言葉の一つ一つは、重みのある温かいものでした。取材後には、お話に出てきた園庭や裏庭、それから各クラスを見学させていただきました。保育園の中はまさに“子どものお城”といった雰囲気で、自分の小さかったころが思い出されて懐かしくなりました。私たち取材メンバーはたくさんのかわいい笑顔に囲まれ、和やかな一時を過ごすことができました。
全く新しい教育観でした。教育と言うと、「知識の伝達」という意識しかありませんでした。確かに、高等教育に進むほど「知識の伝達」の割合が増えてきます。保育園または幼稚園によっては、知識を早い段階から詰め込もうとするところもあります。しかし、平井さんの目指す教育は、子供と体当たりの教育、本当に全人格をかけた教育活動でした。「愛情を与えること」を大切にしているということが良く伝わってきました。
最近、自分も含めて、自分に自信の無い人が多いように思います。ちょうど、そういう年頃だからでしょうか?自信にも、2種類あって「根拠のある自信」と、「根拠の無い自信」があると思います。私が感じているのは、後者の自信が無い人のことです。「根拠のある自信」というのは、経験や知識を積み重ねることから来る自信です。これは自分の努力で簡単に身につきます。例えば、バイトを始めたばかりの時期は、分からないことだらけで、自信が無い。でも、慣れていくうちに、自信が出てきます。一方、「根拠の無い自信」というのは、自分自身を肯定することから生まれるのだと思います。「何をやっても自分はダメかもしれない」という感じ。この感覚から抜け出すのは本当に難しい。でも、「根拠のない自信」は、夢を実現するため、幸せだと感じるためには不可欠だと思います。平井さんの、愛情を与え、子供の全てを受け入れる姿勢は、「根拠の無い自信」を子供たちに与えることにつながっているのだろうと感じました。「無意識の記憶」をネガティブなものではなく、ポジティブを多くすること、それが保育士の仕事だとおっしゃっていました。知識を植えるだけではなく、愛と自信を植えるのも教育。知識は使われるか、使われないか分からないです。でも、「根拠の無い自信」は、死ぬまで必要です。もし自分に子供がいたら、平井さんのような愛情深い保育をしている保育園あるいは幼稚園を選びたいと思いました。
平井さんは「自分の感動を分かち合えるのは誰か?」と考えたときに気づかれたとおっしゃっていました。「自分も同じだ!」と思いました。私は、絵本が好きだったり、おもちゃが好きだったり、雪が降ると嬉しかったり・・・感動して、どきどきして、はしゃいでしまいます。そんな自分が、子どもっぽくて嫌でした。しかし平井さんを見ていると、そういう気持ちは吹っ飛びました。私の感動は、私の感性であるから気にしなくて良いと思えました。そして子どもと共感できる部分があると考えると、それは嬉しいことでした。嬉しかったのは、「子どもの目線にいたい」という気持ちがあるからかもしれません。
自分の中で、一つ肯定できる部分が増えたことは大きかったです。はじめ平井さんが話し始めた時、圧倒されてしまいました。それは平井さんが“自分を出すこと”を大切にしていて、ストレートに感じたからだと思います。“自分を出すこと”を大切にしていることがわかると、 いつのまにか話の中に引き込まれていました。平井さんは、子どもたちや保育士さんたちも“自分を出せる”環境を目指していました。子どもたちに対しては実体験が大切であると、保育士さんに対してはずるいことをしなければ、つたなくても失敗してもよいとおっしゃってました。 保育園自体は、私が通っていた幼稚園よりも狭かったのですが、そこには、子どもたちも保育士も、のびのびできる環境があるように感じました。私も子どもには、のびのび(自分を出して)してほしいと思います。まずは、私が自分の気持ちを出すようにしなくては!