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学生記者の感想

▼担当学生記者
但田洋平(25歳:取材時)

▼取材日
2004/9/29(水)

▼取材時間
12:00~13:30

▼取材地
千代田区科学技術館のオフィス

▼取材の雰囲気
子供時代の話をとても鮮明に覚えていらっしゃった。当時を振り返りながら、大変楽しそうにお話になった。

僕は自分が面白いと思ったものを表現してきただけ
担当学生記者: 但田洋平(25歳:取材時)

「なんとなく好きなもの」や「ほどほどに興味のあるもの」は見渡せば山程ある。だが、『これさえあれば他に何も必要ない』と思えるものはどれだけあるだろうか。

米村さんにお話を伺って、本当に『好き』と言えるものを持てることは才能だと思った。それは時に私を支えてくれ、励ましてくれる。そこが小さな世界であっても、世間の尺度に左右されずに、私らしくいられるのだから。

米村さんほどの才能はなくともよい。自分の価値観と身の丈を思いつつ、私なりの『自分が面白いと思った』人生を築きたいと考えた。誰かに自分自身の仕事について聞かれた時、『好きなことをやっているだけ』と答えられたら、それは幸せなことだ。

方向を決めてかからない
同行学生記者: 井上啓太(20歳:取材時)

今の自分がこれだ!と思って進んでいくのも大切ですが、偶然 に起こった機会や出会いから新たな方向へ進んでいくのも良いのではないかと思いました。米村さんも流れに身を任せていたり、自分の好きなように生きてきたのではないかと思います。

サイエンスプロデューサーのように誰もしたことの無いものを 仕事にしている米村さんですが、これも偶然の機会や出会いに支えられている点は大きいとおっしゃっていたのが印象的でした。

でもやめたかった
同行学生記者: 大島啓太(19歳:取材時)

米村さんは自分の気持ちに素直な生き方をしてきた方だと思います。嫌だけれどとりあえず続けていかなくちゃ、がんばらなくてはという社会的固定観念にとらわれることがなく自然体です。 米村さんは高校で物理の先生をしていましたが、2校目の学校は自分の肌に合わなかったそうです。やめたいという思いが徐々に強くなっていきました。「喰っていけるかは半々くらい」と教師をやめても生活していける確信はその時なかったそうです。でもやめたい、この思いに忠実に仕事を辞めます。この決断から現在のサイエンス・プロデューサーというお仕事につながる道が拓けていったそうです。

一つのことにとらわれているとまわりが見えなくなることがあります。そんな中、思い切ってやめてみると、思い悩んでいたことが意外と大したことではなかったのではないかと感じるに至ることがあるものです。自分の思いに忠実に生きるというこだわり、それを米村さんのお話から感じました。

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