▼担当学生記者
桑原葵(22歳:取材時)
▼取材日
2004/12/4(土)
▼取材時間
13:00潤オ15:00
▼取材地
せせらぎ温泉@比立内
▼取材の雰囲気
駅から近い温泉のお座敷を一部屋お借りして取材しました。後から分かったのですが、そこは松橋さんが掘り当てた温泉だそうです。しばらくして松橋さんの幼馴染の佐藤さんがいらっしゃり、お二人と11人の記者とで和気藹々とした雰囲気で取材が進みました。お二人の掛け合いも絶妙で、仲の良さが伝わってきました。取材の後には松橋さんのご自宅にまでお邪魔させていただき、猟銃やナガサ、熊の皮や剥製など、貴重なものを沢山見せていただきました。
自然との共生や自分の力で生きていくということをキーワードとして持っていた僕は、ふとしたきっかけでマタギという生き方を知り、それがすごく気になって、本やインターネットで調べまくりました。そして、マタギは過去の人ではなく、現在もやっていらっしゃる方がいること、しかしどんどん人口が減ってしまっていることを知り、今のうちにどうしても現役のマタギの方にお会いした いと思いました。今回、松橋さんのご好意で取材が実現して、本当に嬉しかったです。50才も年上なのにすごく生き生きしていて、カッコいい方でした。
一番印象的だったのは、松橋さんの自信に裏打ちされた覇気でした。たとえば、「山に入ったら絶対に(熊を)獲ってくる」という言葉や、「絶対勝つ(これはパチンコの話ですが・・)」という言葉、「絶対俺達のほうが(若いマタギより)山の事を知ってる」という言葉。そういう端々に表れた、覚悟や決意や誇りのようなものを、ビシビシ感じていました。
それは今の僕にはすごく欠けているものだと思います。僕が覇気を出す時は、大抵、自分の中だけで他人と競争している時のような気がします。劣等感と優越感が入り混じって初めて力が出るような。僕も、もっと清々しいあっけらかんとした覇気を発揮できるようになりたいと思いました。
私は今、週に1回小学校3年生と接しています。大人びた子に話し掛けると、いつもクールな対応が返ってきます。どうしたら、仲良くなれるかな?と思いながら日々アタック中です。そんな子が見せる一瞬のスキを担任の先生(教師歴25年)は見逃さず、その子をからかって(もちろん、愛情溢れた、からかいです。)いる姿を見て、ベテランの技だなぁと思いました。
以前は、様々な職に就かれたナビさんが「色々なことをやれて楽しい。」と仰っているのを聞くと、1つの職業にずーっと就いていることは他の仕事の楽しさを感じられないぶん、なんだか損をしているような心境になるのかな、色々な職に就いたほうが楽しいのかな?と感じてしまっていました。でも、そんな先生を見て、そして今回の松橋さんのお話を聞いて経験を積んでこその醍醐味を感じたいと強く思いました。先生が以前、「10年目の先生はまだまだ若い」と仰っていたことがあり、今回、松橋さんも「5,10年はまだ若い」と仰っていました。
先は、大変長いです。そして、経験を積んでも自分を省みることが出来て、謝らなければいけないときは、誰に対しても謝ることができるベテランになりたいです。
最後に、「松橋さんは、仕事をするということはどういうことだと思いますか?」と訊いた時におっしゃった言葉です。現在はレジャーのようになっているマタギだけれど、松橋さんは昔の生活そのもののマタギ時代も体験している方です。熊を命かけて獲ってくる→生活が成り立つ。という暮らしは、今の人にとって、仕事をしてお金を稼ぐ→生活が成り立つ。ということではないかと思いました。そこで、生活することに命を賭けていた方が、現在の自分のやったことでお金がもらえる「仕事」というものについてどんな風に考えているのか知りたくて、訊きました。
目的をもってやる。それは、マタギで言えば、「今日は絶対1頭しとめる!」という意気込みに通じるんだと思います。でなきゃ山を下りられない。強い思いを持って山に入るのだと思います。私は、来年の春に社会人になります。初めて入る会社を山に例えれば、「自分の夢を叶えるまで山を下りない!」そんなくらい強い意志を持って、新社会人になりたいと思いました。
これは松橋さんが取材中におっしゃっていたことなのですが、この言葉を一番実感できたのが取材後に松橋さんが猟銃を実際に持って構えをして下さった時でした。猟銃を構えた瞬間に表情が一変したのです。表情がひきしまり、松橋さんの雰囲気がそれまでと変わったと思いました。
これは僕にとって必要なことだなと思いました。僕の場合はボート。ボートに関わっている時の集中力・精神力をこれからもっともっと練習を通して養っていこうとこの時感じました。
自分が生きてきた環境はすごく自分を左右すると思う。松橋さんの場合、とても貧しい暮らしで、働くしかなかった。そこでたまたま父親がマタギをしていて、自分もやりたいと思うようになっていた。そして、家族で食べていくために早くから働きたかったかったのだそうだ。
命をかけてやるマタギも、今はレジャーになっている、とおっしゃっていた。マタギをしなくても生きていける暮らしになっていて、生活や家族のために、命をかけてマタギをしていた松橋さんの時とは違う。いくら、鉄砲の腕がよくて、熊のこともよく知っていて、力が強くても、現代のような暮らしぶりの中では本当のマタギというのは松橋さんで終わりではないか、と私も思う。
取材から2か月を過ぎてまず思い出されることは、松橋さんはとてもかわらしい風貌の「おじいちゃん」でした。熊を獲物として狩りをなさっている(この仕事をマタギと呼ぶ。)ようにはとても思えない、暖かい空気を持つ方だなと感じました。
また、今でも思い出される取材当時の感覚にこんなことがありました。松橋さんは、マタギ業をとりまく環境の変化や、若いマタギについて、時代の変化を感じていましたが、それを「寂しい」と感情的に受け止めるのではなく、「仕方のない事」と、冷静に事実としてうけとめていらっしゃる様子がうかがえました。昔のことばかり追う大人や現代社会がある一方で、潔く今の状態を認め、先を見据えていらっしゃる方にお会いし、目からうろこが落ちました。また、時代の変化と言う言葉が、私の中に初めて現実味をもって伝わってきたように感じました。
そして、今は(時代の変化で)マタギだけでは食べていけないそうですが、昔はそれだけで生計を立てていた為、捕らなければ生きていけない状況があったことや、一番大変なことについて、十数人で狩りに行く熊捕りの時、人を使うこととおっしゃって、それについての苦労話などを聞いて、マタギ業のプロなのだなと感じました。 今では熊にあまり価値がないため、マタギをすることだけで暮らすことはできないそうですが、松橋さんのような方がいることを考えると、「プロ=お金になる=仕事」だけではない、と思わずにはいられませんでした。私にとって、「仕事とは何なのか、お金とは人にとってどういう存在なのか」と言うことが、以前からばく然と自分にひっかかる疑問としてありました。今回、松橋さんにお会いすることで、その答えにつながるような一つの選択肢を頂けたと感じています。今後もキャリナビを通じ、松橋さんのように様々な職種の多くの方に出会いながら、ばく然としている自分の思いを解消していき続けたいと思います。