Press Room トップページプレスルーム > メディア掲載履歴
メディア掲載履歴

2005年9月


栄冠2006年度受験用 中学校入学試験問題集 国語編
2005 日本大学第三中学校



『2005 日本大学第三中学校』入学試験問題 にキャリナビ記事(看護師)が採用されました。  

原文のキャリナビ記事を見る
担当学生記者:臼井真希(21歳:取材時)

■出版社: みくに出版
■該当ページ: P.377〜P.381
■採用学校: 日本大学第三中学校
■設問の答え: こちら

[二] 次の文章を読んで、後の問いに答えなさい。

「白衣の天使」と言われている。憧れの仕事として女の子に人気も高い。その反面、現実的には人手不足で、※1 3Kの代表とも言われる。医療ミスが問題にされることも多い。都内の精神科の病院で看護師を務める三村寛子さんは、仕事の厳しさをこう語る。

「毎日プレッシャーはものすごく感じます。看護学校の先生がこんなことを言っていたんです。『看護師は、完璧にミスなく仕事するのが当たり前だとみなが思っているから、どんなに頑張って完璧にやっても誰も誉めてくれないのが辛い』って。『よくやったね、と誰かが褒めてくれれば報われるけど誰も言ってくれない』という先生の言葉をかみしめながら仕事をしています。間違いなんて誰にでも起こりうる事だと思いますが、医師や看護師が間違えるのは意味が全く違いますよね。人の命を預かる現場では、他の仕事では謝ってすんでしまうような間違いが重大な事故を引き起こしてしまいます」

かつて点滴をする相手を間違えてしまいそうになったことがあった。そのときはひどく落ち込み、(1)本気で辞めることも考えたという。何かしら失敗しそうになると、それまで患者さんと不通に話せていたのに怖くて病室に入れなくなってしまいそうだった。現場では日々のプレッシャーや困難をどう乗り越えているのだろうか。

「私はやっぱり患者さんに救われます。患者さんが『あなたが着てくれるから私は頑張れるのよ』なんて言ってくださると、ウルウルしてしまいますね。患者さんと看護師は信頼関係で結ばれているので、患者さんに励まされると看護師は『やっぱり頑張らなきゃ』とふんばることができるんです。ミスは怖いけれど、やっぱり私はこの仕事が好きなんです」

(2)看護師という職業に子どもの頃から憧れていたわけではなかった。ましてや看護師を志すきっかけとなるような衝撃的な出来事があったわけでもないという。

「実は私、もともと看護師になろうと思っていたわけではないんです。看護師になるためには理系の勉強をしなくてはいけないのですが、私は高校までは文系コースでした。それに卒業後はフリーターになろうと考えていたんですよ。高校時代にたくさんのアルバイトをして外の世界を見ようとしましたが、その頃は自分のやりたいことが見つけられていなかったので大真面目にそう考えていました。
でも、なんか道を探さなくてはいけないと思っていた折、たまたま友達が入院していた病院にお見舞いに行く機会がありました。そのときですね、初めて看護師さんのお仕事に触れたのは。看護師さんが患者さんに点滴をしたり注射をしたりする姿に何か惹かれるものがありました。それで本当に直感的に看護学校に入学しました。
実際にこの仕事を自分の仕事にしたいと強く思い始めたのは、看護学校に通うようになってからです。自分で看護技術を色々習っていくうちに『私はこの仕事に向いているかもしれない』と思うようになりました。日々その気持ちは強くなっていきましたね」

1994年に看護師になってから十年以上が経つ。七年間外科に勤務していたが、2001年から精神科に移った。精神科での仕事は、外科での仕事とは内容がかなり違う。

「精神科では患者さんの心のケアを中心に考えます。赴任前は精神科の患者さんというと、暴れるのではないかという偏見を持っていたのですが、実際患者さんと接してみると、活動量が低下している患者さんの方が多いんです。例えば、布団の中でじっとしていてご飯を食べることも忘れてしまう、といった感じです。私たちは、そういう患者さんにご飯を勧めたり、トイレやお風呂に行くことを進めたりという日常生活の手助けをすることが多いですね」

映画や小説の影響から私たちは「精神科は管理体制が厳しい」というイメージを抱きがちだ。しかし現実はかなり異なるようだ。

「確かに管理する部分もあります。しかし、病棟によって様子も違うんですよ。重症の患者さんが入院する急性期の病棟は厳重にカギがかかっていて、安全に生活するための物意外は何も置いていません。でも、治療するうちに回復し、病棟を移ると外にも出られるようになります。みんなでお花を育てたり体育館に遊びに行ったりもします。自分で字謬煮お買い物に行ってお金の管理もしますよ。社会復帰期病棟になると、ただ病院に帰ってくるというだけで、普通に働きに出ます。患者さん用のアパートがあり、自分で洗濯もするし、食事も作ります。昔は精神科というと、牢屋みたいな所といういうようなイメージをもたれていましたが、(3)最近はだんだん理解されるようになってきたと思います」

精神科では働くうえで配慮すべき事はたくさんある。心を開いてくれない患者さんも多いうえに、赴任当初は生傷が絶えず、最初の一週間は泣いていたという。患者さんとの信頼関係を築くのには細心の注意を払う。

「私の場合、まずは2、3日その患者さんの同行を見ます。一日どういうパターンで動いているのかというのを観察するんです。患者さんが家族と話しているのを聞きながら、どういうときに話しかけたら答えてくれるのか、どんな話題がすきなのかを考えて、その話題を持ちかけるようにしたりしますね。やっぱり一般病棟の患者さんとは違います。(4)精神科の患者さんなりの関わり方があるんです。

例えば、『熱はどうですか?』と聞いた途端に『ないに決まっているじゃない!』みたいな答えが返ってくるんです(笑)。『測ってください』と頼んでも『嫌よ!』といわれてしまいます。そのような時はその患者さんの身体にそって触れて、『熱ありますね。体温計を入れてもいいですか?』と聞くんです。そうすると意外にあっさりと『いいですよ』と言ってくれたりします。その患者さんが今何を思っているかを考えないと上手くいかないんです。マニュアルなんてありませんから、自分で患者さんと接していく中で考えるしかないですね。
看護師の仕事は、五年目くらいまでは新人みたいなものなのですが、精神科であれば、より時間と経験が必要だと思います。だいたい十年くらいの※2 キャリアを積まないと一人一人の患者さんとうまく付き合えるようにはならないのではないでしょうか」

※3 ケアのプロフェッショナルとしての道は果てしなく長い。キャリアを積んだ今、三村さんは看護師という職業についてどのように考えているのか、改めて伺った。

「3Kと言われる事もあるように、汚いことが嫌いな人にとってはつらい仕事だと思いますし、夜勤も大変です。具体的には、朝八時から夕方五時まで働いて、その後少し仮眠を取り、また夜十一時から翌朝九時まで働くというパターンが月四回あります。家に一度戻ってもすぐに仕事に行かなくてはいけないし、仕事場にいても夜勤の時間帯は仮眠ができないので、結局朝までほとんど徹夜ということになります。寿命が縮まるな、とよく思いますね。でも、私自身にとってはそんなにつらいとは思っていません。不規則ではありますが休日はしっかり取れます。何よりやりがいを常に感じます。(5)自分が患者さんにした行為がすぐに自分にはねかえってきますから。

例えば、汗をかいているのに『暑い』と言えない患者さんがいるとします。その患者さんに冷たいタオルを持って行った時、もしその患者さんが喜んでくれれば『ああ、私は彼の気持ちを汲み取ったんだな』と思います。自己満足かもしれませんけどね。でも、同じように冷たいタオルを持って行ったとしても『そんなのいらないわよ!』と、バチッとタオルを投げつけるような反応をする患者さんもいます。そういう時は、『もっと深く考えてあげればよかった』と反省するんです。『この人はもしかして冷たいタオルではなくて、温かいタオルが欲しかったのかもしれない』『もしかしたら私ではなく他の人に持ってきてもらいたかったのかもしれない』と考えます。自分のやったことがすぐに患者さんに反応として直に感じられるので、本当にやりがいを感じます。仕事に飽きるということは全くありません。この人はどうやったら喜んでくれるんだろうか、どうやったら楽になるんだろう、というようなことを考えながら行いますので、毎回仕事が変わってきますよね。(6)人間相手の仕事には、一つとして同じことの繰返しはないんです」

三村さんは常々(7)”優しい看護師”になりたいという。シンプルな表現だが、その言葉の奥は深い。それは単に患者さんに対して甘い看護師を目指しているわけではない。

「その人の※4 ニーズに合わないことをやっても、それは優しいとは言えないと思うんです。ですから患者さんの気持ちを理解した上で優しさを提供できる看護師になりたいですね。
例えば四十五歳のお父さんがガンで入院したとします。その患者さんの子どもが大学受験を控えている立場だとします。そうすると、そのお父さんは病気の他にも社会的な問題を抱えることになります。私たちは、ただ治療の手伝いをすればよいのではありません。退院後、どんなふうに社会復帰をするのかといったことも考えなくてはいけない。一人の患者さんを色んな面から※5 サポートしなくてはいけないんです。それができて初めて患者さんとの間に信頼関係が生まれると思います。

一人一人の患者さんの情報を理解するのは確かにとても大変なことです。でも、自分の中で色んな人の色んな情報が整理できるようになり、目の前の患者さんは身体状況・精神状況を考えた上で、『じゃあ今何をしてあげられるのか』ということを考えていける人になれれば、優しい看護婦になれるはずだと思うんです。それは私の一生の目標です」

(キャリナビ編集部『天職の見つけ方 親子で読む職業読本』<新潮社>より)

※1 3K=「きつい・きたない・きけん」をともなう嫌われる仕事。
※2 キャリア=経験。
※3 ケアのプロフェッショナル=病人の世話をする専門家。
※4 ニーズ=のぞみ・希望。
※5 サポート=助けや援助。




問一  看護師の三村寛子さんが感じる「仕事の厳しさ」とはどのようなことですか。次のなかからもっとも適当なものを選んで、記号で答えなさい。

ア 人手不足から夜勤が厳しいこと。
イ 仕事が不規則で、寿命が縮まること。
ウ 頑張っても誰も誉めてくれないこと。
エ 病院で重大な事故が起こること。
オ 完璧にミスなく仕事をしなくてはならないこと。


問二 −−−線(1)「本気で辞めることも考えた」とありますが、なぜ辞めなかったのですか。「〜から。」に続くように本文中から二十文字で抜き出して、初めの五文字を答えなさい。(句読点も一文字に数えます。)


問三 −−−線(2)「看護師という職業に…憧れていたわけではなかった」とありますが、どうして看護師を志すようになったのですか。わかりやすく説明しなさい。


問四 −−−線(3)「最近はだんだん理解されるようになってきた」とありますが、何が「だんだん理解されるようになってきた」のですか。次の中からもっとも適当なものを選んで、記号で答えなさい。

ア それぞれ治療段階が異なるので、患者の管理体制が難しいということ。
イ 精神科は、必ずしも患者を管理するためだけのところではないということ。
ウ 精神科には、社会復帰をするための患者用アパートが必要だということ。
エ 精神科で働くためには、患者に対して配慮すべきことがたくさんあるということ。
オ 重症の患者を管理するには、安全上必要なもの以外は部屋に置かないということ。


問五 −−−線(4)「精神科の患者さんなりの関わり方」とありますが、これについて次のそれぞれの問いに答えなさい。

I、「なり」とありますが、同じ意味で使われているものを次の中から一つ選んで、記号で答えなさい。

ア 彼女は男のようななりをしている。
イ 顔を見るなりしかりつけた。
ウ 買ったなりまだ読んでいない。
エ 子どもなりの考え方をする。
オ 彼はいつも彼女の言うなりになる。

II、関わりか方についての説明として、最も適当なものを次の中から選んで、記号で答えなさい。

ア 精神科の患者さんに合わせた接し方があるということ。
イ 精神科の患者さんにも人権があるということ。
ウ 精神科の患者さん自身も治療に対する意欲があるということ。
エ 精神科の患者さん自らが治療に参加してもらうということ。
オ 精神科の患者さんの言うことに逆らってはいけないということ。


問六 −−−線(5)「自分が患者さんにした行為がすぐに自分にはねかってきます」とありますが、同じ内容を本文中から三十字以内でぬき出して、初めと終わりの五文字を答えなさい。(句読点も一文字に数えます。)


問七 −−−線(6)「人間相手の仕事には、一つとして同じことの繰返しはない」とありますが、その理由を説明しているものとして、次の中から適当なものを二つ選んで、記号で答えなさい。

ア 患者さんのことを考えると色々アイディアが浮かんでくるから。
イ 失敗を繰り返しながら、信頼関係を築いていくから。
ウ 現代の医療が進歩し続けているから。
エ たくさんの患者を一人で診るから。
オ 患者さんごとに事情や内面が違うから。
カ 十年のキャリアが無いと一人前とはいえないから。
キ 外科と精神科とでは仕事の内容が違うから。


問八 −−−線(7)「”優しい看護師”になりたい」とありますが、それはどのような看護師ですか。わかりやすく説明しなさい。


[解答]

問一 オ
問二 患者さんと
問三 (たまたま友達がお見舞いに行った病院で、)仕事をする看護師を見て何かに惹かれたから[感動したから]。
問四 イ
問五 I、エ II、ア
問六 自分のやっ〜感じられる
問七 ア・オ
問八 単に患者に対して甘いだけでなく、患者さんの身体・精神状況を考えた上で、色んな面からサポートできる看護師。

プレスリリース/活動沿革
受賞等
ロゴ/商標等について
 ツール等のダウンロード
メディア掲載履歴
無料メールマガジン

■特定非営利活動法人
  に関する情報
定期総会