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担当学生記者:高橋孝史郎(20歳:取材時)
■出版社: 秀学社
■該当ページ: 補充資料P.25〜27
■心のノート: P.98〜101
10)天職って、なんだろう
冬にしては暖かすぎる午後。それでも、遠くの山々の頂がうっすらと雪に覆われ始めているのを見ると、いよいよ本格的な冬の季節も間近だと感じられた。
わたしは川田敏子、十六歳、高校二年生。ここのところずっと気にかかることがあって、今もこうして意味もなく窓の外を眺めていたところ。
そこへ、友達の佳枝がやってきた。
「ねえ、どうしたの。最近元気ないみたい、何かあったの。」
「別に、ちょっと疲れただけ。」
「それならいいけど。ところで、来年のコース選択どうするの、そろそろ締め切りだよ。」
「わかってる。」
「そう。わたし、文科系の音楽コースをとろうと思うんだ。敏子はどうする?」
「それが決まらないからこうしているんじゃない。」
「そうなんだ。実はね、このあいだ職業のことをインターネットで調べていたら、堀江さんというオペラ歌手がどうしたら歌手になれるかっていうことについて書いていたの。(※キャリナビのWebサイトのことです)」
「・・・・・・・・・・・・」
わたしは、佳枝が自分の進路のことをうれしそうに話すのを聞いているのが苦痛だった。
その後、なんだかちょっと気まずい雰囲気になってしまい、「それじゃ、敏子、コース決めたら教えて。」と言って、佳枝は部活動に行ってしまった。
なんだか、わたし一人だけ取り残されたような気持ちがして、「具合が悪いから。」と理由をつけて、美術部を怠けて家に帰ってしまった。
その夜、佳枝との会話のことが気になって、わたしも職業についてインターネットで調べてみることにした。
検索すると、なるほどいろいろな職業で活躍している人たちの体験談が載っていた。その中で、新井順子さんという人の仕事に驚いた。
−−−新井順子さんは、短大を卒業後、保険会社に務め、専業主婦になり、ワインの勉強がしたくてフランスに留学。ついにフランスのロワール地方でワインをつくっている。−−−と書いてあった。
「え、女性がフランスまでい行って、ワインの醸造家を仕事にして暮らしている。」
わたしは驚いて思わず声に出してしまった。
どうして、ワインにひかれてフランスまで行ったのか知りたくて、夢中で読み進んでいった。
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とてもナチュラルに、気がついたらワインの仕事をしていたんです。なんでその仕事にしたかと言うのではなく、私はこれが「天職」、つまり「天から与えられたやるべきこと」なんだと思っています。フランス語で「トラバーユ」という言葉があります。それを日本語訳すると「仕事」という意味なんですけど、それは「仕事」というよりも「天職」、だと私は解釈しているんです。
私は車を運転するので、留学中に車の免許を保険会社にお願いしたときに、「学割はないんですか?」と聞いたら、「あなたは学生というお仕事をしているんでしょう?」と言われました。日本だったら当然学割がありますよね。学生も仕事であり、だから学割がないということに驚きました。フランスでは、年齢が高いからということではないんです。一番安いのはショマーズといって失業者です。日本だったら全然違いますよね。失業者だろうが失業者じゃなかろうが年齢が高かったら、学生のほうが安いじゃないですか。つまり日本の「仕事」というのはお金を伴っていることが仕事と言われるんですけど、そうではなくて「その人が生きている間にやるべきこと」なんです。私は短大を卒業した後は、「自分がやるべきこと」ではなくてお金を得るための仕事をしていたんですけど、現在のワインの仕事はたぶん私のやるべきことだと思っています。現在は、それにたまたまお金がついてきているだけです。昔は全然お金にもならなかったんですけど、生活してさえいければこんな楽しいことはないんです。だから私のやるべきことなんだなというふうに思っています。
天職というとすごくかっこよく思われてしまうんですけれど、例えば生まれながらにすごく子供が好きな人が、保育士をやっていたらそれが天職だと思うんです。保育士のように社会的にお金を稼がなかったとしても、お母さんとして子供たちを育てることが好きで、合っていたら、それが彼女の天職だと思います。だから皆さんそれぞれ天職があって、それを見つけられていたらすごく楽になれると思います。それがなかなか若いときは見つけられないんです。迷っちゃうんですよ。やりたいことがあるけれど、実際そんなことできない、お金にならない、というのは言い訳に過ぎないんですよ。
天職を見つけられていない人が日本ですごく多いといわれています。今の日本の社会では自分を社会の尺度で測ってしまっている人が多いため、見つけられないのだと思います。要するに3高という言葉が昔あって、高学歴、高収入、高身長という意味なんですけど、私は友達を紹介するときによく、「おいくつのかたなんですか?」、「どこの学校出ていますか?」とか「どこの会社にお勤めですか?」などと聞かれるんですけど、そんなことはその人のパーソナリティにまったく関係ないことです。ハードな部分ではなくソフトな部分から見てしまうのが日本社会のベースの教育システムだと思います。外国で暮らしていると、年齢なんて聞いたこともないし、そういうことは全然その人に関係の無いことで、ある程度の年齢ならば誰もが大人の社会にいるんですよ。
(NPO法人キャリナビ「この人がカッコいい!」(お仕事人辞典)http://www.carinavi.org/ より)
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新井さんの話を読んで、あまりに驚くことが多く、また、自分の考え方がどれほどあいまいで受け身だったかに気がついた。
わたしは、”仕事”というと働いて生活していくお金を稼ぐことで、できれば自分の好きなことが続けられればいいなぐらいにしか考えていなかった。それに、まだ学生なんだから、おおいに今を楽しんで、時間が来ればなんとかなると思っていた。
でも、”人間には点から与えられたやるべきことがあり、それが天職だ”という考えや、フランスでは”学生も仕事のひとつだ”と考えられていること、”仕事とは、その人が生きている間にやるべきこと”など、新鮮で、今までの自分にない考え方を発見することができた。わたしも今、美術部で好きな絵を描いている。趣味といわれればそれだけのことだけど、自分が興味をもっていることに意欲的に取り組めば、わたしにとっての”天職”が見つかるかもしれない。
最近、わたしは、”カラーコーディネーター”という仕事があることを知った。建物の外壁や室内の配色を提案し、気持ちの良い空間づくりをめざす仕事だ。自分の中では、漠然と『なれたらいいなあ』ぐらいに思っていたことだけど、新井さんの話を読むうちに、自分が好きだと思うこと、やりたいと思うことを”天職”と考えて、まず踏み出してみようと思うようになった。
明日、学校で佳枝に話してみよう。そのあとで、ちょっと勇気はいるけれど、両親と進路のことや来年のコースのことを相談してみようと思う。